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2004年06月12日

6月12日 原稿書き

 いろんな雑事をしながらも終日SPA!の原稿書き。今回はファン、オーディエンスを取材した「応援する人々」編。(6月22日発売)ロックバンドPIERROTのファンの世界を週間誌SPA!の一般の読者に分かる言葉で書くのに四苦八苦。担当Sさんから2度目のダメだしを受ける。文章は字数が少ないほど難しい。北海道から戻ってきてからほとんどパソコンに向かっている時間しか思い出せない。娘が「遊ぼう」と言って時々仕事部屋に来るが「ごめんね今忙しいの」の繰り返しで明らかにフマンそう。すまないが当分の間これが続くのだよ。昼に宅急便でブルータスが届く。6月15日売りの7月1日号で古書特集。この取材は本当に楽しかった。久しぶりに都会的な文化の取材だったこおともあるけれど(神話や巡礼ものが続いたので)、本の話ってどのジャンルでも面白い。本をきっかけに幻想文学や倒錯した世界のことも話がはずむ。金子國義先生、ボニーピンクさんなどの写真を担当させたもらいました。
 楽しくブルータスをめくっていたら来月の展覧会のことを何も準備を始めていないことの不安が急速にもくもくと沸き上がり、原稿にもどらなくてはとパソコンに戻るが、今週取材してきた東川町フォトフェスタのスライド様の写真はいつ手をつけるんだと思い始めたら、気が遠くなった。追われているなあ。気合い入れないと。まずは原稿。

投稿者 Ken Kitano : 07:24

6月12日 原稿書き

 いろんな雑事をしながらも終日SPA!の原稿書き。今回はファン、オーディエンスを取材した「応援する人々」編。(6月22日発売)ロックバンドPIERROTのファンの世界を週間誌SPA!の一般の読者に分かる言葉で書くのに四苦八苦。担当Sさんから2度目のダメだしを受ける。文章は字数が少ないほど難しい。北海道から戻ってきてからほとんどパソコンに向かっている時間しか思い出せない。娘が「遊ぼう」と言って時々仕事部屋に来るが「ごめんね今忙しいの」の繰り返しで明らかにフマンそう。すまないが当分の間これが続くのだよ。昼に宅急便でブルータスが届く。6月15日売りの7月1日号で古書特集。この取材は本当に楽しかった。久しぶりに都会的な文化の取材だったこおともあるけれど(神話や巡礼ものが続いたので)、本の話ってどのジャンルでも面白い。本をきっかけに幻想文学や倒錯した世界のことも話がはずむ。金子國義先生、ボニーピンクさんなどの写真を担当させたもらいました。
 楽しくブルータスをめくっていたら来月の展覧会のことを何も準備を始めていないことの不安が急速にもくもくと沸き上がり、原稿にもどらなくてはとパソコンに戻るが、今週取材してきた東川町フォトフェスタのスライド様の写真はいつ手をつけるんだと思い始めたら、気が遠くなった。追われているなあ。気合い入れないと。まずは原稿。

投稿者 Ken Kitano : 01:39

2004年06月09日

6月3〜9日 北海道滞在。(上)

 札幌で東京からライターの袴田氏と合流。コの字カウンターのすすきの「だるま」でジンギスカンを食べて稚内行き夜行列車で北へ。礼文島に渡るフェリーは団体で超満員。二日酔いのまま寒いデッキで過ごす。天候のこともあるし漁師さんの日常がさっぱり想像できないので無事取材出きるか不安な気持ちで漁協へご挨拶に。以前から連絡をさせて頂き、今回取材に対応して下さった販売部大友さんは大企業の広報にもいないようなとっても説明がわかりやすくいいテンポでお話をして下さる方だった。翌朝は快晴べた凪。ウニ漁を終えて帰ってきた漁師さんを港で取材開始。計量作業で忙しい大友さんが時々気にかけて声をかけて下さる。終わると「まだ人数足りないでしょう」と言って離れた港を漁協の車でいくつか回って下さる。大友さんはフットワークも早いのだ。心配して来たけれど大友さんのご配慮でなんとか、忙しいうえに天候により変則的なスケジュールの漁師さんの取材が限られた時間で効率的にできた。ありがとうございました。
 夕方真っ赤に染まる対岸の利尻富士を見ながら十勝ワイン。ヤマセが吹く今日はいつもより利尻が近く見えるのだという。 水平線からそそり立つ利尻山の美しいフォルム。夕陽を真後ろに背にしているので利尻沿岸の小さな建物の窓の反射がキラキラと思いがけず強い光を返す。空が紫から藍色へグラデーションを変えてゆく。日没数分前の光景に息を飲む。
 濃密な一週間の北海道滞在だった。あちことでたくさんの方にお会いしていろんなお話を伺えた。お会いしましたみな様、本当に世話になりました。ありがとうございました。今年は夏と秋にも北海道に行く予定。道内限定のサッポロビールクラシックがまた飲みたい。

投稿者 Ken Kitano : 07:26

6月3〜9日 北海道滞在。(中)

 札幌ではアイヌの彫刻家砂澤ビッキの奥様凉子さんと10年ぶりくらいで再会。待ちあわせた札幌文学館では北海道の写真家掛川源一郎氏の個展とトークショーが。厳しい北海道の歴史に生きてきた人々を強く、優しい、チャーミングな眼差しで撮った膨大で濃密な写真群。凉子さんのおかげで期せずいい写真展を見ることが出来た。91歳になられる掛川氏ご本人も会場にいらっしゃった。トークショー終了後成り行きで打ち上げの末席に参加させていただくことに。なんとゲストの写真家吉田ルイ子さんのとなりでジンギスカンを食べることに。その席で掛川さんの写真集の編纂に関わった批評家の大日向欣一さん、酒井広司さん、季刊「フォトン」の小室治夫さんらともお会いできる。北海道での写真のこと文化のことについて真剣に話されていることを聴いていて思った。文化にも写真にもやっぱり全体の中心というのはなくて、札幌とかメキシコとかたくさんのlocalの集積で世界は成っている。例えば清里K'MOPAや札幌みたいな各地の写真文化の集積地は、遠く離れている僕にとって、時々自分の方向を確認する灯台みたいな大切なものだ。今回の掛川展で受けた感慨も僕にとって自分の方向なりポジションを振り返るきっかけになる。そこにはやっぱり優秀な目をもった灯台守がいて、質を積み重ねてゆく議論がある。そうゆう方たちに敬意を表したい。「our faceプロジェクト」もそうゆう、文化と文化を繋ぐようなことになればと思う。文化に優劣をつけることが表現として成立してしまうような状況はやっぱり困る。
 移動の合間は加藤展洋著「日本の無思想」と村上春樹著「ねじまき鳥クロニクル」と「ダンスダンスダンス」。それと今回からノートパソコンを持ち歩くことにした。空いた時間に資料やらSPA!の原稿の準備やら。よく分からないけど、もうなんでも来いという感じ。

投稿者 Ken Kitano : 07:25

6月3〜9日 北海道滞在。(下)

 北海道東川町のフォトフェスタでスライドショーをやらないかというメールを札幌のカメラマンの方から2か月くらい前に頂いた。やり取りを重ねているうちに東川町で撮り下ろして「our face東川町編」でスライドショーをやることに。あわせて札幌で打ち合わせと以前から企画書をお送りしてやり取りしていた礼文島の香深の漁師さんの取材するために3日から北海道へ。東川のある上川盆地は大雪山系に囲まれた美しい米どころ。本州より広めの水田がいっぱいに広がる景色はすばらしかった。東川フォトフェストは今年で20年目。役場の特別対策室「写真の町担当」の高平さんに案内していただき、構造改革特区で全国で先駆けて作られた幼稚園保育園一元化施設「ももんがの家」と町内にある福祉大学「北工学園」の野外実習を取材する。
 小さな町で大きな文化事業を継続するのは大変なことだとお話をきいていて実感。たくさんのボランティアにも支えられている。もったいないと思ったのはせっかく膨大な東川賞受賞作家の貴重なコレクションをもっているのに見られる機会が少ないこと。東京や地方の美術館に質の高い企画展として巡回するようなことはできないものか。東川町のやってきたことを広く知ってもらう機会にもなるし。常駐のディレクターやキュレーターがいないのでそうゆう発想はなかなか生まれないようだ。長い目で見て東川に帰ってくるもの、世界の東川になるようなことにつながることがもっとあればいいのにと思う。東川では元博報堂にいらしたAPAの庄司殼さん、モンド写真工房の浅野久男さんなどとお会いできた。

投稿者 Ken Kitano : 07:24

6月3〜9日 北海道滞在。(上)

北海道東川町のフォトフェスタでスライドショーをやらないかというメールを札幌のカメラマンの方から2か月くらい前に頂いた。やり取りを重ねているうちに東川町で撮り下ろして「our face東川町編」でスライドショーをやることに。あわせて札幌で打ち合わせと以前から企画書をお送りしてやり取りしていた礼文島の香深の漁師さんの取材するために3日から北海道へ。東川のある上川盆地は大雪山系に囲まれた美しい米どころ。本州より広めの水田がいっぱいに広がる景色はすばらしかった。東川フォトフェストは今年で20年目。役場の特別対策室「写真の町担当」の高平さんに案内していただき、構造改革特区で全国で先駆けて作られた幼稚園保育園一元化施設「ももんがの家」と町内にある福祉大学「北工学園」の野外実習を取材する。
 小さな町で大きな文化事業を継続するのは大変なことだとお話をきいていて実感。たくさんのボランティアにも支えられている。もったいないと思ったのはせっかく膨大な東川賞受賞作家の貴重なコレクションをもっているのに見られる機会が少ないこと。東京や地方の美術館に質の高い企画展として巡回するようなことはできないものか。東川町のやってきたことを広く知ってもらう機会にもなるし。常駐のディレクターやキュレーターがいないのでそうゆう発想はなかなか生まれないようだ。長い目で見て東川に帰ってくるもの、世界の東川になるようなことにつながることがもっとあればいいのにと思う。東川では元博報堂にいらしたAPAの庄司殼さん、モンド写真工房の浅野久男さんなどとお会いできた。

投稿者 Ken Kitano : 01:40

2004年06月08日

6月3〜9日 北海道滞在(中)

 札幌ではアイヌの彫刻家砂澤ビッキの奥様凉子さんと10年ぶりくらいで再会。待ちあわせた札幌文学館では北海道の写真家掛川源一郎氏の個展とトークショーが。厳しい北海道の歴史に生きてきた人々を強く、優しい、チャーミングな眼差しで撮った膨大で濃密な写真群。凉子さんのおかげで期せずいい写真展を見ることが出来た。91歳になられる掛川氏ご本人も会場にいらっしゃった。トークショー終了後成り行きで打ち上げの末席に参加させていただくことに。なんとゲストの写真家吉田ルイ子さんのとなりでジンギスカンを食べることに。その席で掛川さんの写真集の編纂に関わった批評家の大日向欣一さん、酒井広司さん、季刊「フォトン」の小室治夫さんらともお会いできる。北海道での写真のこと文化のことについて真剣に話されていることを聴いていて思った。文化にも写真にもやっぱり全体の中心というのはなくて、札幌とかメキシコとかたくさんのlocalの集積で世界は成っている。例えば清里K'MOPAや札幌みたいな各地の写真文化の集積地は、遠く離れている僕にとって、時々自分の方向を確認する灯台みたいな大切なものだ。今回の掛川展で受けた感慨も僕にとって自分の方向なりポジションを振り返るきっかけになる。そこにはやっぱり優秀な目をもった灯台守がいて、質を積み重ねてゆく議論がある。そうゆう方たちに敬意を表したい。「our faceプロジェクト」もそうゆう、文化と文化を繋ぐようなことになればと思う。文化に優劣をつけることが表現として成立してしまうような状況はやっぱり困る。
 移動の合間は加藤展洋著「日本の無思想」と村上春樹著「ねじまき鳥クロニクル」と「ダンスダンスダンス」。それと今回からノートパソコンを持ち歩くことにした。空いた時間に資料やらSPA!の原稿の準備やら。よく分からないけど、もうなんでも来いという感じ。

投稿者 Ken Kitano : 01:41

2004年06月06日

6月3〜9日 北海道滞在(下)

 札幌で東京からライターの袴田氏と合流。コの字カウンターのすすきの「だるま」でジンギスカンを食べて稚内行き夜行列車で北へ。礼文島に渡るフェリーは団体で超満員。二日酔いのまま寒いデッキで過ごす。天候のこともあるし漁師さんの日常がさっぱり想像できないので無事取材出きるか不安な気持ちで漁協へご挨拶に。以前から連絡をさせて頂き、今回取材に対応して下さった販売部大友さんは大企業の広報にもいないようなとっても説明がわかりやすくいいテンポでお話をして下さる方だった。翌朝は快晴べた凪。ウニ漁を終えて帰ってきた漁師さんを港で取材開始。計量作業で忙しい大友さんが時々気にかけて声をかけて下さる。終わると「まだ人数足りないでしょう」と言って離れた港を漁協の車でいくつか回って下さる。大友さんはフットワークも早いのだ。心配して来たけれど大友さんのご配慮でなんとか、忙しいうえに天候により変則的なスケジュールの漁師さんの取材が限られた時間で効率的にできた。ありがとうございました。
 夕方真っ赤に染まる対岸の利尻富士を見ながら十勝ワイン。ヤマセが吹く今日はいつもより利尻が近く見えるのだという。 水平線からそそり立つ利尻山の美しいフォルム。夕陽を真後ろに背にしているので利尻沿岸の小さな建物の窓の反射がキラキラと思いがけず強い光を返す。空が紫から藍色へグラデーションを変えてゆく。日没数分前の光景に息を飲む。
 濃密な一週間の北海道滞在だった。あちことでたくさんの方にお会いしていろんなお話を伺えた。お会いしましたみな様、本当に世話になりました。ありがとうございました。今年は夏と秋にも北海道に行く予定。道内限定のサッポロビールクラシックがまた飲みたい。

投稿者 Ken Kitano : 01:42