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2007年10月19日

10 月18日 写真展

朝家で「クウネル」銀座特集を見ていたら資生堂パーラーのカニクリームコロッケとチキンライスが出ていて急速に洋食を食べたくなった。資生堂パーラーにはとても行けないので、新宿に出たついでにアカシアでクリームコロッケとビーフシチューのセットを食べた。コロッケおいしゅうございました。

コニカで斉藤亮一さんの「INDIA下町劇場」を見る。斉藤さんはいつものモノクロのイメージがあったのでカラーのデジタルでも重厚というか、ある種の重量感のあるテイストと勝手に思っていた。予想に反してとても軽やかな印象の写真だった。展示も出力プリントをそのまま壁に貼るような展示。僕だったらデジタル特有の、色転びみたいでどうにかしてしまうような発色もインド特有の原色とないまぜに気持ちいいくらい鮮やかだった。斉藤さんは面識がないけれどその仕事量とペースにいつも圧倒される。つくずくすごい方だなあと思う。隣でやっていた渕上勝さんという人の写真展「GLARE」も興味を持った。繁華街の風景をやや高いポジションから撮った写真。縦位置、順光線で看板やテントの原色鮮やかに、パースも垂直で統一された撮り方だった。意図的なのか不安定なポジション(たぶん歩道橋や電車から撮ったものもあるのかな?)で撮影するからなのか、細部がクリアーではない仕上げだった。都市の密度のある光景が俯瞰になりすぎず、迫りすぎず、独特のそのポジションが新鮮だった。僕がいま始めている「one day」シリーズでも繁華街の撮影をしたいのでそのへんが特に気になるのかもしれない。
さらに12月の会場の下見をかねてエプサイトに行く。石塚元太良さんの「東京 1  0」展を見る。東京の風景というか光景をカラーで撮ったもの。俯瞰したり、接写したり、動きがあったリ、とにかく自在で柔軟な眼差しでかつどれも発光しているみたいに美しい。鮮やかで透明感があるのに確かな質感が心に残る写真。石塚さんは雑誌で見たアラスカの仕事も興味を持った。この方も膨大な仕事をしつつ、常に疾走している印象をうける。すごいひとがいる。今回のはデジタルのスナップかと思ったら4×5のネガと聞いて軽くショックを受けた。
http://www.epson.jp/epsite/
改めて見ると会場は2人展でも充分に広い。いろいろ出来そうだ。僕のは12月12日からの予定だそうです。

ヨドバシでour faceのアナログプリント用に同じロットで揃えてイルフォードを10冊まとめて買う。
本尾さんのオフィスでエプサイト展の打ち合わせ。写真を広げて選ぶ。毎度ながら難航。会場を見て写真を選んだら、やっと写真展やるぞ、という気になってきた。

投稿者 Ken Kitano : 05:34

2007年10月17日

9月16日  武蔵小杉と武蔵小山

早起きして、というか眠れなくて中洲通信コの字連載の原稿書き。
最近朝は肌寒いので娘はなかなかふとんから出て来ない。朝ご飯の席に着いても機嫌がすこぶる悪くて文句ばかり。食事も遅い。ところがあの人はたらこが好きで、だんだん静かになってもくもくとたらこでご飯を食べるようになる。で、もう学校に行く時間になっても「おかわり」とかいって結局3杯目を食べ終わる頃(食べ過ぎ!)にはだいぶ上機嫌になっている。遅刻しそうなのにまったく気にしない。分かりやすい人だ。ごはんの力。たらこの力。

午前中ほぼ原稿を書き上げるがまだ送らずに寝かせておく。明日の朝もう一度読んだ方がいいので原稿は時間のあるときには少し寝かせることにしている。
午後に川崎市民ミュージアムで打ち合わせがあるので資料を揃えて出かける。立川のビックカメラで明日の撮影用にフィルム購入。書籍コーナーでアサヒカメラの竹内万里子さんとホンマタカシさんの連載対談を立ち読みする。これだけはいつも読んでいる。今月は他にも森山大道さんとホンマタカシさん、赤々社の姫野さんと竹内万里子さんの対談頁があって熟読する。
駅前に前から気になっている居酒屋があって昼飯を食べに入ってみる。コの字ではなかった。カキフライにするかレバニラ炒めにするか迷った末レバニラにしたら、ニンニクがどっさり入っていた。うまいけど困る。ドラックストアーで歯磨きと匂い消しの薬とガムを買う。立川駅は改装されてJR東日本的に増やしている「えきナカ」がオープンしていた。便利だけど、商店は困るだろうな。南武線で武蔵小杉へ。南武線っていつ乗っても窓の外が曇っている印象だが今日も曇りだった。
武蔵小杉からバスで市民ミュージアムへ。昨年名取洋之介展を見に来て以来だ。学芸員の深川さんと来春のグループ展「現代写真の母形2008/ 写真ゲーム;光のプロジェクト 展」の打ち合わせ。思ったより展示スペースが大きい。インクジェットで等身大大伸ばしプリントにしようと思う。直前までエプサイトでやる内容と重複しそうだけど、そのことは気にしなくてもいいと言って頂いたのでだいぶ気が楽になった。以前から「新しい展開は」という話をしていたので新作のカラーランドスケープ「one day」シリーズを、「展開はまだないんです、これくらいしか」というつもりで持参した。まったく新しいものを見せるというのはとても怖い。「ourfaceの後の展開としてもわかるしある程度形になっているからこれも出そうよ」と言うようなこと言って頂いた。もしかしたら新作も含めた展示にするかもしれない。新作撮らないと。
打ち合わせの後多摩川沿いを歩いて新丸子から東横線で恵比寿へ。写真美術館で鈴木理策展を見る。2度目。前回見たときの感触がまだ体の奥に残っている。本当にすばらしい写真展。ぜひぜひお薦め。熊野から雪、桜への展開も見事だけれど、今日は二度目だったので一点一点のデティールをじっくり見た。図録にはもっとたくさんの写真があり、もっと大きな展示で見られたらいいのに、とも思った。

目黒へ出て東急で武蔵小山へ。武蔵小杉と小山と(ついでに溝口)はいつも頭のなかでごっちゃになる。前から気になっていたが休みで入れなかったコの字居酒屋が2軒ある。コの字連載が隔月から毎月になったので、とても忙しい。1軒で軽く飲む。常連の話題はボクシングだ。もう一軒は満席だった。バスで学芸大へ。先日取材させて頂いた浅野屋さんに挨拶を兼ねて軽く飲む。カキフライと熱燗。立川のカタキを学芸大で取ったみたい。揚げたてのフライは熱燗と合う。

などと、また寝られないのでだらだらと書いてしまう。

投稿者 Ken Kitano : 03:52

2007年10月15日

10月14日  お父さんのハンンバーグ

午前中アナログプリントの仕上げをして発送した。ようやく長いトンネルを抜けたよう。
久々に家族でゆっくり晩ご飯を食べた。お父さんのハンバーグを食べたい、と朝言われたので、お肉屋さんで牛ひき肉を一人150グラム分ずつ買ってハンバーグを作った。やっぱり肉屋の肉はおいしいね。

8月から9月は扶桑社から出る地域の伝統文化シリーズムック(尾張)の撮影に忙殺された。この本の肝になるのは尾張一宮にあたる真清田神社の1年間の祭礼を追いかけた頁で、これはカラーネガで撮っている。16ページをダレないように写真セレクトした。プリント作業は時間とのたたかいだった。祭の写真というのは暗く重たくなりがちなので、そうならないようにプリントした。「すぐそこにある感」のようなもの、一方巻頭には尾張原風景という頁があって、こっちは「向こう側感」のようなものを意識してプリントした。どんなふうにまとまるか分からないけど、とにかくやることはやったという感じ。

その最中に海外のアートフェアに写真を出さないか、という話を頂いた。僕は実際にフェアというのは行ったことがないので分からないけれど、近年は現代美術と写真の潮流になっているという話を聞く。昨年のパリフォトには3日間で4万人来たそうだ。コレクターはもとより、美術館の館長がスポンサーと一緒に来て実際に買って行くということもあるようだ。なんかスゴイ世界だ。売れる売れないも海外で作品が知れるきっかけとして、とても大きい。僕はとりわけour faceに関しては海外で制作をしなければならず、そのためには海外で作品を知られなければならない。だとするとフェアに出すというのはいい機会だ。出すとなると昨年からお付き合いしているギャラリーとは別のギャラリーとも仕事をすることになる。そうゆうことがあり得るのかどうか、どのように進めればいいのか、作家のマネジメント的なこととして未経験の難問を抱えてしまった。何人か方に話を聞き、双方のギャラリーとも相談して結局今回大阪のギャラリーからパリとニューヨークのフェアに作品を出させていただくことになった。大事なのは写真家が値段とエディションを責任を持って将来にわたって管理しなければならないというこということだ。双方のギャラリーにいくつかの不都合を含め了承して頂き出させて頂くことになった。感謝している。出すとなったらプリントをそろえなければならない。ourfaceのアナログプリント作業を突貫作業でやった。以前のデータがあっても印画紙のロットが違うとまるで感度が違う。骨が折れた。印画紙は買いだめしてエディション分を一度に焼いてそろえておかないとだめだと痛感した。暗室が体に負担がある造りで、長時間作業しているとつらい。若い頃とは違うのだ。いずれ改造しないといけない。1週間に完徹3日して仕上げた。やればできるじゃん。撮影の仕事に影響しないよう、クールにのり切ろうといい聞かせた。

その他に年明けにエプサイトで二人展をさせて頂く話が12月に前倒しになった。まだ先だと思っていたら急いでそっちの計画を立てることになり、キュレーターの本尾さんと度々打ち合わせ。本尾さんとは亡くなった井上さんの縁もあって5.6年前にお会いして、今回初めて仕事をご一緒する。年明けには川崎の企画もある。暮れにかけてハードな日々になりそうだ。

投稿者 Ken Kitano : 02:49

2007年10月14日

10月13日  出口が見えて来た

8月の後半から続いた怒濤の日々。ようやく出口が見えて来た。あと少しだ。
寝ない、飲まない、いつも急いでいる日が続くと、つい急いでどか食いしてしまう。太った。

投稿者 Ken Kitano : 09:12