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2008年01月29日

1月28日   ハヤシライス

夕食を担当した。
ハヤシライスのリクエストがあったのでスーパーで牛切り落とし200g480円のサービス品を買った。細く切った鍋にタマネギをどっさり。ニンニクも入れて炒める。少ししんなりしたら肉を入れて炒める。5分くらいしたら650円の安い赤ワインどぼどぼ入れてストーブの上でことこと。途中で水足して、塩こしょう、オイスターソース、クレージーソルトなど適当に入れる。1時間くらいことことしてたら、出来上がり。テキトーにやったら出来た。うまかった。

川崎市市民ミュージアムの展示だが、ウエブ図録の各作家の略歴にそれぞれのhpがリンクしてある。これを見てから行くといいと思った。実際、いま各作家のhpみて、あ、あの人はこうゆう作家でこうゆう作品だったのか、ということが結構あった。三田村さんのhpとブログが面白くてぐいぐい見た。過去の作品も拝見できた。僕なりになんだか響いてしまった。
写真と記憶について、自分の記憶と存在、他者の記憶と存在について。
”いま”を残して置きたいという普遍的で切実な欲求が写真を生んだ。この、自分と世界との関わりと記憶について、僕は新作のone dayで向き合ってみようと思っている。
すべての、いま、”在る”ということを全力で肯定したい。
写真ってそのことにつきるのではないか。
http://www.kawasaki-museum.jp/exv/

投稿者 Ken Kitano : 09:56

2008年01月27日

1月26日 川崎市民ミュージアム オープニング

朝寒くて寒くてふとんから出るのに勇気がいる。ストーブに火をつけてまたふとんに戻る。

今日から川崎展が始まる。昨年の夏あたりからずっと時間に追われて来たが、久々に今朝はのんびりした気分。
天気がいいのでノジマ電気まで片道25分かけて歩いて買い物に。マックword2008を購入。
昼に母がスーパーの駅弁フェアで買った駅弁各種を持って来てくれる。すきやき弁当、牡蠣めし、あなご飯を家族で分けて食べた。どれもおいしく列車で旅行をしたくなった。
午後、娘は「宿題したくない。算数ヤダヤダ」病を炸裂させる。時間がきたのでそんなよどんだ空気の我が家を後にして美術館にでかける。珍しく南武線で座って武蔵溝口へ。車窓がよどんで見えることでお馴染みの南武線だが、心なしか今日は晴れ晴れとした印象。

美術館のチケット売り場で「出品作家の北野といいますが入ってもいいですか」と聞くと「ourfaceの北野さんですか?さっき見たお客さんがあの作品とってもいいって言ってましたよ」と言われる。なんて感じのいい美術館の受付なんでしょう!!ナイスな初日。
ゆっくり他の人の展示も見た。いろいろ面白かったので後日詳しく書き留めたい。
友人のMさんが来てくれて一緒に3時からの土屋さんのトークを聞いた。

5時からオープニング。ワインをのみつつ他の作家といろいろ話せてよかった。ドイツ留学組の人が作家以外も含め3人いらした。現代写真の牽引車的なドイツになぜたくさんの人が留学するのか?と聞いてみたところ、意外な答えが返って来た。学費が安いのだそうだ。今でもかなり安いが少し前までタダだったそうだ。だから漠然と美術をしたくてドイツで写真と初めて出会う日本人美術家も多いらしい。

様々なタイプの作家と話すと刺激になる。
8時半くらいにお開き。暗い等々力公園を作家たちでぞろぞろバス停へ歩く。寒かったけどこうゆうのは毎回得難い体験。

投稿者 Ken Kitano : 11:08

2008年01月25日

1月23日 「写真ゲーム」展展示完了!!

朝一番に美術館へ。業者の作業員の人と同時に会場に着く。
作業員の方の手際のよさでourfaceの大きい作品は案外早く設置できた。
onedayとモノクロの小さい写真は時間がかかった。
よく壁面に収まったなと思うくらい濃密な展示になった。また同じ展示室のもうお一方の作家、今義典さんの大画面「奥日光エクトプラズマ」は大迫力。イ〜ィ展示室になった気がします。設営の合間に土屋さん、今さんにドイツ話などを聞く。土屋さんと前沢さんは内野君の知り合いで期せずして内野君の話になる。
当初ドイツ的な理論的な写真が多いのかと思ったらさにあらず。実にいろいろな作品が集まった展覧会だ。純粋に写真を面白いとか、楽しいとか、驚く要素もあると思う。写真のパワー炸裂のグループ展だ。
明日のオープンが楽しみ。ぜひ来て下さい!!
新作one dayもなんとかエプサイトよりも少しだけ形になった気がします。
http://www.kawasaki-museum.jp/exv/

投稿者 Ken Kitano : 09:50

2008年01月23日

1月22日 川崎市市民ミュージアム展準備

展示の準備のために美術館に行って来た。うちからは遠いね。府中街道という道は(JR南部線もそうだけど)永久に目的地に着かないんじゃないか、という気持ちにさせる道路だ。

広い美術館の作業室でひとりもくもくと写真の額装作業をした。今回は初期の「溶游する都市」、「ourface」、新作の「one day」の3つを壁2面に展示する。モノクロの「溶游する都市」は14、5年前に焼いた初期のプリント。額に入れると懐かしかった。昼に学芸員の深川さんと近くのそば屋に昼飯を食べに行った。美術館のある等々力緑地には大きな池があってヘラブナ釣り堀と野鳥公園になっている。そのほとりにあるどうってことないそば屋がよかった。鳥に魚釣り、さらに写真展会期中は別な展示室で少女漫画展をやっている。娘の大好きなものが揃っているので家族で一度来よう。等々力スタジアムもあるから会期中Jリーグの試合があったら来ようか。

美術館の映画室では森繁久彌の駅前シリーズをやっていて、すごく見たかった。

午後エプサイトから届いたourfaceの大きいプリントを展示壁面の前に置いてみた。僕の展示室は壁面は高さが高いからちょうどいい大きさだった。

夜イマジンフォトでone dayのアルポリック加工の仕上がりをとりに行く。一時はプリントの湾曲がひどくてどうなるかと思ったがきれいに仕上がっていて安心した。その後pgiでマットを受け取って帰る。pgiのTさんは明日から海外出張。がんばってください。いろんなことがぎりぎりだったけどだんだん準備が整ってきて帰りの車は眠かったけど充実感。
明日の作業が楽しみだ。

美術館のサイトが更新されました。
http://www.kawasaki-museum.jp/display/exhibition/art.html

投稿者 Ken Kitano : 04:41

2008年01月21日

1月20日 エプサイト終了

無事エプサイト展終了しました。ご来場頂いた方ありがとうございました。
最終日は午後から会場にいていろいろな方と話せてよかった。
会場にいるうちに川崎展の展示プランを変えたくなって図面をコピーして切り貼りする。

夕方小平さん、友長さんが来てくれた。終了後、隣のビルのライオン(休日のオフィスビルのビアホールはがら空き。2組だけだった。風船のぷかぷかうかぶ店内がイイ感じだった)
3人で内野君の話。いろいろな人の話を聞くときっと抱えていたであろう焦りの感じが少し分かった気がする。友長さん大阪に帰れたでしょうか。お疲れさまでした。

写真家が世に出るとか、表現者の居場所とはどんなものなのだろうか。
美術館なのかメディアなのか”写真界”なのか作家自身の気持ちそのものなのか、他人からの敬意みたいなものなのか。
僕にはよく分からないが、結果的に表現者と自他ともに言えるようなのことは、その人自身がひとつのジャンルになるという結果論でしかいいえないように思う。周りが既存の写真の枠に当てはめてみるのをやめて、気がついたら”内野雅文というジャンル”があると人が思うまで、あと少しだった気がして惜しくてならない。
いや写真をよくみると、もう内野というジャンルが確かにあるのだが。

投稿者 Ken Kitano : 11:56

2008年01月20日

1月19日 内野展打ち合わせ

11時に新宿ルノアールの会議室で内野展の打ち合わせ。大学時代からの友人、中藤毅彦、KMOPA 小川さん、大阪から友長さんら。初めてお会いする方もいるのに内野君と共通の友人なので、はんか話が早い。DMのこと、お別れ会のことなど多少見通しがでてきた。よかった。
エプサイトで本尾さんと搬出の打ち合わせと雑談長々。その間知人が何人も来ていたと後で気づく。受付の奥にいると完全に会場にいないのと同じになってしまう。20日は午後から会場にいくつもり。

内野飲み会になるのかなと思ってけど、今日はそうゆう感じではないらしい。
帰りに荻窪の立ち飲みによって帰る。絶品のいかの塩から150円と熱燗。

投稿者 Ken Kitano : 10:52

2008年01月18日

1月18日 ウェブ図録

何ということか。マッティングしてみたら写真が湾曲しまくっていてお話にならない。カラーのレンタルラボで焼いた写真だ。プロセッサーの加減だと思う。急遽裏打ちすることになり朝一番にイマジンさんに持って行く。何とか搬入にまでに間に合う予定。イマジンさんありがとうございます。昨日地方から帰ったらこの事態。急遽作業して徹夜してしまった。

午後帰ってキャプション類をまとめる。onedayは悩む。コンセプトと場所性に対する考え方ができていないことを痛感。このシリーズは長時間露光による視覚効果にあまりたよりたくないと思っている。ourfaceで持てた「誰に撮っても他人事でない眼差し」のようなものから世界を見たいと思う。人の存在が漂っていたほうが写真としては成立しやすいが、視覚効果にあまり頼らないとすると、とても難しい。写す場所性についての考察とバランスが足りない。一日と区切ってみている風景は、要素として大事なのは場所性なのか場所の記憶なのか匿名性なのか、想像力の行き先、それらバランスがまだないことがキャプションを書こうとする時にぐらつく。
私たちの場所や共通認識についてももっともっと検討しないといけない。
なんて言っている時間はないのだよ。今日中に送るぞ。

川崎市市民ミュージアム「写真ゲーム」展ウエブ図録が公開になりました。
開催期間中更新されるとのことです。
http://www.kawasaki-museum.jp/exv/

シリーズ写真展:現代写真の母型2008 
「写真ゲーム」 ―11人の新たな写真表現の可能性―

2008年01月26日〜2008年03月30日
2008年1月26日(土)〜3月30日(日)
川崎市民ミュージアム アートギャラリー2.3

http://www.kawasaki-museum.jp/display/exhibition/kongo.php
同美術館の「現代写真の母型」シリーズ。(前回は2005年のサイトグラフィクス展)

会期中各作家のトークあり。
北野は2/10(日)15時より


16日にはしごした展覧会のことをざっと。写美/土田ヒロミ展:なぜだろう、何度も見ているだろうロシマがとても新鮮だった。時系列で見たときに「新砂を数える」への至る流れに改めて深いもの(って何だよ)を感じてしまった。「新〜」は写真集よりもずっと色がリアルに感じた。地下「文学〜展」森村さんの三島が見られてよかった。他はつまらなかった。文字とメディアの関係ばかり。もっと文学と写真集の関わりに切り込んでもらいたかった。木村伊平衛賞の系譜と対文学賞の系譜みたいなこととか興味ある。スティルアライブ展/大橋仁さん最高。シュウゴウアーツ/森村泰昌展ヨカッタ〜。可笑しみをはらんで政治についてが、過去の人物と時代の記憶が僕の中で漫談のように語りかけて来る。今は21世紀だ。今という時代は、過去はあるけど今と未来は区別なく混沌として、それすらもあるのかないのか。ラットホール/アントワンアガタ展;大橋さんの写真を見た印象が体に残っていたからなのか、以前東川で見たときのような深い奈落へ引き込まれるような、衝動に近いくらいの力は感じなかった。買いやすいようにか小さい写真が多くて、色がやけに鮮やかでふわふわした印象。基本的にスゴイんだけどね、表参道の原宿にぴったりハマってしまって、なぜかそれが物足りない。

投稿者 Ken Kitano : 16:52

2008年01月14日

1月13日  寒い!

今日は寒い。朝、布団から出るのに決死の覚悟がいる。がんばって(という程でもないが)寒い台所でお揚げとわかめのみそ汁を作ったら、おいしくて3人ともごはんをおかわりした。日曜の朝食はTBSラジオの「浅草キッドの大人電話相談室」を聞きながらというのが我が家の定番。時々際どいものあるけど大人の相談ごとに突っ込みを入れながら家族でゆっくり食べるのは楽しいのだ。

夕刊とはいえ朝日新聞を読んでいる人は多いみたいで親戚とか知り合いから、読んだ、とか、太ったね、とか連絡をもらった。新聞を読んで来る人がいるかもしれないので今日は写真展会場に行った方がいいよな、と思いつつ、川崎「写真ゲーム」展の展示構成をつめてしまいたい。でないと落ち着かない。コの字の原稿も書かなくては。内野君の遺作展のことでも各方面連絡をとりたい人がいる。結局そんな作業で夕方になってしまった。ニコンの遺作展の他に内野君のためにいろんな方が力を惜しまないと言っているようだ。内野君モテモテだ。彼の人柄と写真への姿勢と何より作品の評価のあらわれだと思う。

川崎展のイメージがようやく固まった。僕は自分で図面をひいて、ほっておくと模型まで作ってシュミレーションしたいタイプ。今回はイラストレータで壁面をシミュレーションするだけ。美術館の大きな壁面でourfaceの大きいプリントを肖像の回廊のようにして連ねたかったが、僕の割り当てられた壁面では無理。いつかどこかで、だな。


投稿者 Ken Kitano : 14:03

2008年01月12日

1月12日 朝日新聞夕刊

12日の朝日新聞の夕刊にインタビューが掲載されるそうです。

5時頃目が覚めてしまう。
今日は雨。展覧会が近く撮影にはしばらく出られないから天気は気にならない。

昨日買った小畑雄嗣さんの写真集「2月」を見る。
北海道(たぶん東のほう)の冬の風景、スケートリンク、若者、氷など。ひんやりして優しい感じ。寂しくない。見てたら気持ちが落ち着いた。

川崎「写真ゲーム」展はウエブ図録を公開するそうで、送ったつもりのデータが着いていないらしく、
昨日慌てて作業をして送った。間に合うか気になる。

投稿者 Ken Kitano : 09:37

1月10日 暗室

ここのところ忙しくて家族とあまり会話をしていない。たぶんそのせいだろう。朝学校に行く前の娘が不機嫌で冷たい。でかけの電車の中でいけないな〜と反省。(周りからはあまりそう見えないらしいが、基本的にいつも気がせっていらいらしている)。

レンタルラボで川崎「写真ゲーム」展のone day の写真をプリントする。昨日から大伸ばしの作業しているが、この作品が自分の中でまだきちんと立ち上がっていないのを実感する。分からない、リアルじゃない、すっきりしない、という不毛な感触の連続だが、ごくたまにその合間に一瞬「いい!」と思える瞬間がある。それは色だったり、太陽の軌跡だったり、光のムラだったり、コンセプトに関わることだったり、様々だ。その衝動のようなものが強い時、新しい言葉が生まれてくるようだ。基本的にはまだまだ。始まったばかり。果てしない。その不甲斐なさは、この作品で自分は何を見ようとしているのか、という問いになって帰って来る。悶々としながら時々現れる「いいぞ!」の感触を支えに地道に進むしかない。まだバラバラしている。これからコンセプトとして伝わるものがあるのか、完成度を上げられるのか。エプサイト展の感触でも結局そこに戻る。何人かの人に言われた「杉本さんみたいだね」という、感想としては限りなくダメ(杉本さんがという意味ではなく)と言っているのに近い(というかダメか)反響も、この際あっただけまだマシとしよう。くそ〜。
小さな収穫としてはインクジェットと銀塩タイプCの違いをかなり実感できたことか。
ところで、ラボで印画紙をプロセッサーに入れた後4.5分待ち時間がある。手持ち無沙汰だからそこに置いてある雑誌をみたりしているのだが、そんな歯医者の待合室のような状況でたまたま置いてあった佐々木倫子の「動物のお医者さん」にハマってしまった。こんど買おう。

9時少し前に予定枚数を焼き終えてほっとした。外にでてもしばらく体が緊張してた。家に向う途中KMOPAの小川さんから電話。歩きながら内野君の件を話す。もういないのか、と何度目か分からないけど、まだ思う。もうすぐ彼が熱心に撮っていた桜が咲く季節だ。
昨日は1年前に亡くなった井上さんのお別れ会に行けなかった。
帰って焼いたプリントを並べる。来週ラムダで出力する分とあわせて9点くらいで行きたいと思う。モノクロの「溶游する都市」も選ぶ。大四つの小さいプリントを密集気味にレイアウトするつもり。マットと額の感じがわからないが、多少見えずらくても今回は点数は出したほうがいい気がする。our faceも大伸ばしをずらっと並べたかったがスペースの都合で7.8点になりそうだ。8点でも並列した感じ、無限に続く連鎖の感じは少しは出せると思う。大きさと数のせめぎ合いは毎度だけど、近代美術館でビンテージはやったので、今回は大きさで写真にがんばってもらおうと思う。

投稿者 Ken Kitano : 08:03

2008年01月09日

1月8日 新年会

朝から暗室。週末撮影した写真を焼く。正月に鶴岡八幡宮と墨田川で撮った写真。26日からの川崎市民ミュージアム「写真ゲーム」展の作品をまだ撮って、プリントしている。美術館の展覧会の1ヶ月前を切っても制作しているとは、文字通り最新作だ。明日はレンタルラボで大伸ばしする。カラーの大伸ばしは初めて。ぶっつけ本番だ。正月に鶴岡八幡宮と墨田川で撮った写真を焼く。ある程度イケている感じだけど、プリントとしてのうまい着地点が見つからない感じ。年末年始も関係なくずっと制作に追われている。時間がな〜い。

午後急いで武蔵野線で秋津へ。次回中洲通信「コの字」でやりたい店に取材のお願いに行く。何度か足を運ぶも社長にお会いできず、締め切りも近いし焦っていた。取材は受けない店と聞いていたが、今日は社長がいらして週末に取材させて頂くことを快諾して頂いた。よかったー。

急いで新宿エプサイトへ移動。CS放送の写真の番組の方が撮影に見えた。たぶん一瞬なんだろうけど、いろいろ撮っていた。撮られるのは苦手。言われるままに立ったり歩いたりする。その後安楽寺さん、本尾さん、KMOPAの小川さんと白龍館で新年会。年末年始は撮影と暗室に引きこもっており飲み会は初めて。協力な女性陣に囲まれて閉店まで楽しく飲む。

内野君は4月に個展を予定していた。残念ながら遺作展になる。成功させるべく、友人だった中藤毅彦、小平雅尋さん、大阪の友長さんらと連絡をとる。

投稿者 Ken Kitano : 07:59

2008年01月06日

1月6日 さよなら内野雅文

悲しい、といえばそうちがいないが。今の気持ちを現す言葉がうまく思いつかない。唐突で、あんまりにも話してきたことや、次に話そうとしていたことがたくさんあった。それにもともと旅ガラスで神出鬼没だったから、今もどこか旅の空の下に作務衣に丸眼鏡でいるような気がする。でもどうやら本当らしい。元日に友人の写真家の内野雅文が逝った。

元日の午後、前夜からの撮影から帰って自宅で一息ついたところに、大阪の友長さんから電話があった。友長さんはいつもメールだから、一瞬「何だろう」って思った。うわずった声で新年の挨拶もなしに「北野さん、内野さんのこと聞いてますか」と。
京都で夜中に元旦の風景を撮影中に突然倒れたらしい。ともかくご実家に電話をしようとメールや名刺をチェックした。混乱しつつもたぶん本当なんだろうと思った。たくさんのメールには、今取り組んでいる作品のことや、写真にまっすぐの進行形の言葉が端的に書いてある。中にはうちで久野君と泊まりで飲んだときに内野が撮った我が家の写真を貼付してあるメールがある。嘘だろう、今も京都の部屋にいるんじゃないか、携帯に電話してみようか、と思ってすぐに思い返してやめる。後で聞いたら、八坂神社で撮影中だったそうだ。救急車がくるまでは意識があったそうだ。まだ34じゃないか。京都は寒かったろう。ご家族のお気持ちはいかばかりだろうか。

写真はひとりでやるものだし、いつだって一人の現実からしか生まれてこないから、仲間なんていらないと思っていた。だから僕には写真の友人が少ない。会って写真の話をしたり、時には酒を飲むような友人は何人もいない。内野はその一人だった。10数年前に何度目かの清里ヤングポートフォリオで会った。その時彼がスタジオマン時代に駆け出しの僕の撮影についてくれたことがあると聞いて驚いたのだ。以来折に触れて会うようになった。僕のウェストンギャラリーでの個展を学生時代に見て、大学のレポートに書いてくれていたそうだ。写真展にも必ず来て、感想を言ってくれた。僕も新しい展開が見える度に彼の写真を見に行った。本当にいろんな写真の話をした。あんな風に写真やっているやつ、少ないよ。写真の話ししかしていない。写真の周辺の話もしていない。お互いどう食べているかなんてこともほとんど話した記憶がない。最後は8月か9月に京都で友長さんのグループ展に内緒で僕が行き、その後居酒屋で飲み、彼の部屋に泊まった。狭い部屋だった。部屋というより暗室。写真のためだけの空間で、内野は毎日写真やっていた。その前に梅田の地下のコの字で飲んだ時は進行中の「車窓」シリーズのポートフォリオを見せてもらった。インクジェットで、写真集の体裁になっており、もう出版社に売り込める形にまで出来ていた。あの後、あの本はどうなったんだよ。それにエプサイトにはいつ来るつもりだったんだ?

一昨年に内野は大阪のギャラリー176で一年間を通して全作品を展示する写真展をやった。「車窓から」、「ケータイと鏡」、「アイドル」、「うりずん--沖縄先島」、「空と海への巡礼」、「野ざらし紀行」。こんなことになるとは思ってもいなかったけれど、今にして思えばだけど、図録も作ってよかったな。図録を見てたら、泣けて来た。竹内万里子さんの「途上のひと」というテキストは写真をやるもの全てが途上という意味の素敵なテキストだけど、なんだかその言葉通りになってしまった。

日本を、歩きながら、すぐ近くの風景を、休まずに、息をつめて、体重をかけて、肯定して、否定して、息をしながら、自分を俯瞰して、情念に流されず、撮る。現代美術的な装置を内包せざるを得ない現代写真の流れを充分に理解し、様々な写真のありようを柔軟に知っているし、また語る。その上であえて、木村伊平衛あるいは濱谷浩さんを思い浮かべてしまうような、抑えたでも非常にリアルな”むき出しな”今を撮る。これからじゃないか。シリーズの継続の中から、ようやくそれをやることの意味が分かるように見えて来たところじゃないか。お前のやっていることは従来のストリートスナップとは違うということ。ましてや日常に非日常を(またはその逆を)ぶつけて見るような単純な方法論ではない地平が、やっと普通に分かってもらえるところまで来てたじゃないか。ちがうだろうか?。極めて今的なスナップの方法が周知してもらえるところまできたじゃないか。壮大なシークエンスの構図が見えて来たというのに。それは現代でも、写真が過剰なものを内包しなくても豊かに成立するということの証しになっただろう。そうゆう写真の一国一城の主だったよ、内野は。
こんな不連続ってあるだろうか。

これだけは本当だし、これからもいろんな人に言うよ。内野雅文、お前はいい写真家だったよ。
さようなら内野。安らかに。

投稿者 Ken Kitano : 08:12