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2008年06月23日

6月22日   インドとバングラディッシュ

7月はインド及びバングラディッシュにour faceの撮影に行きます。
長い出張のために各方面の皆さまにご迷惑をおかけします。何卒ご容赦下さい。

ourfaceは時々単発の撮影はしたけれど、おおむね2004年の写真集出版以来中断していた。海外編で再スタートすると言いつつ、予想外に時間がかかってしまった。その間もいくつもの展覧会や様々な発表で忙しかったのだが、基本的に撮っていないのに作品について話したり書く言葉の状況に何とも言えない焦りを感じていた。撮るなかでしか見ていないもの、言葉にしてはいけないものがあるのに、撮ることと言葉のアンバランスを感じていた。今回の撮影は取材の仕込みは殆どないし、自腹だし、言葉(英語)もまったく進歩なし、留守中のことは人任せ、天候も雨期で不安。不安ばかりでああるけれど、またour faceプロジェクトが始まって、撮ることのなかに身を置けると思うと、わくわくしてくる。

今回は南インドとベエンガルとバングラディッシュのデルタ地帯を歩くつもり。その方面にお知り合いや会社や学校、地域活動やコミニティーを紹介できる方はご一報下さい。できるだけ取材してその人たちの存在を世界に発信します。

投稿者 Ken Kitano : 21:39

2008年06月16日

6月15日  眼鏡

出費が続いている。故障や買い替えというのはなぜか重なるものだ。そもそも僕は買い物が嫌いだ。選ぶのも、店に行くのも、お金がないから使うのも嫌いである。
先日車が壊れた。50万円で買ったゴルフワゴンで12万キロだからそろそろ限界か。当初修理代が30万だったが、ABSの修理をしないことにしたら10万で直ったのでしばらくのることにした。モノクロ印画紙の買いだめをした。結構な出費だ。仕事用の眼鏡があわなくなったので今日眼鏡屋で注文してきた。インド取材のエアチケット。トランクも壊れたから買わないといけない。猛暑地帯を歩くのに軽めで防水のカメラバックや服も買わねばならない。ourface海外取材用にフィルムのコンパクトカメラも買いたい。one day用に4×5のレンズも2本欲しい。新しいスキャナーも欲しい。写真はお金がかかる。

インドとバングラの本を少し読み始めた。昔インドに行ったとき以来だ。その間ラテンアメリカと国内に興味がいっていた。アジアで拡大しているイスラム教とヒンドゥー教の関係が興味深い。ラテンアメリカもカトリックが入ってきて植民地化される過程で土地の宗教や土着の文化とキリスト今日が混交してラテンアメリカ独特のキリスト教が出来て行った。19世紀以降のベンガルのイスラム化は経済の近代化と重なる部分があるようだ。一方でラテンアメリカのように土着の文化と混交して例えばバングラディッシュのイスラムがあるようだ。たぶん都市と地方でも違うのだろう。こうゆうことは聞くのと実際に見るのとは大違いなので行って見るのが楽しみである。

投稿者 Ken Kitano : 17:47

6月14日 釣り

妻の個展最終日。展覧会中は何かと家族に負担をかけるものだ。一番しわ寄せが来るのは子供。今週は学校から帰って一人で鍵をあけて過ごしてもらう非が続いた。毎日だから寂しいような。普段は絶対にやらないのに真っ先に宿題をすませて親の帰りを待つなど健気な姿勢に心苦しい次第。そこで本日は二人で市ヶ谷フィッシングセンターに行き好きな釣りをすることにした。金魚釣り、鯉釣りを両方楽しんだ。鯉釣りはなかなか面白い。続けるとはまりそうだ。金魚は一人2匹までもってかえることができる。今日は銀色の大きいやつを持ち帰った。

個展片付けの後、目白の回転寿司で家族打上げ。娘は好きな貝類と白身の高めのネタを連発オーダー。離れた席の女性は注文する度に「シャリ小でお願い」と板さんにいっていたが、うちの娘は「シャリ特大でお願い」したかった。いろいろありましたが無事終了。来て下さった方、ありがとうございました。

妻が今作っているのは工芸ともクラフトとも左官技巧ともつかないもの。漆喰や左官の関係には伝統や素材や技巧が形作るジャンルがあるようだ。門外漢が思うにあの人がやっているのはそうゆうジャンルと少し距離があることをやろうとしている部分もあるように思える。店の看板という普遍の形を使って実際に商店街のイベントや街のアイデンティティにつながるプロジェクトにもっていけたらいいんだろう。ま、簡単ではなさそうだけど。漆喰という素材の呪縛を離れて人が出会ったり、関係が出来上がる装置になれるといいのだが。

投稿者 Ken Kitano : 17:24

2008年06月11日

6月9日 インド、バングラディッシュ

7月にインドとバングラディッシュにour faceの撮影に行くことにした。旅行会社でチケットの手配をした。なんで一番暑い時期に、という気もするが、写真協会で知り合った日本在住のバングラディッシュ人の写真家のAさんが、この時期なら案内してくれるというわけで、思い切ってインドとあわせて取材にでることにした。集団の肖像撮影ということで時前にアポが取れればいいのだが、インドに関しては今回は行き当たりばったり。知人もいないし言葉も通じない。人もおだやかだし、今まで行ったことのない南インドをメインに回る予定。
調べるとインドはとにかく広いので移動に時間がかかる。詰め込んでも約2週間で3カ所くらいがせいぜい。
久々のインド、どんな肖像ができるだろうか。


投稿者 Ken Kitano : 09:18

2008年06月04日

6月3日  ブックギャラリーポポタム「楽しい看板」展

妻が池袋(駅は目白の方が近い)のブックギャラリーポポタムで展覧会を始めた。妻は漆喰や土など伝統的な塗り壁素材を使って塗ったり作ったりしている。今回は架空の商店看板を竹ざると漆喰で作っている。看板はわりとク〜ダラナイですが、とても気持ちのいいギャラリーなのでお近くの際はお立寄を。
ブックギャラリー ポポタム 営業時間12時〜18時 定休日 日・月曜日 豊島区西池袋2-15-17
TEL 03-5952-0114 6月14日まで。
http://popotame.m78.com/shop/
偶然だがポポタムで森岡書店でみたばかりの鴨居洋子の本が何冊を発見。あんまりかわいいので買ってしまった。

内野君の会の小平さんが造形大学のパンフで内野君の写真について柳本尚規教授と小平さんの対談形式のテキストが載ったものを送ってくれた。内野君のことを比喩した”求道者”という言葉に小平さんは照れている(?)けど、内野君はあるところそうゆう人だったと思う。内野君と小平さんの2人の学生が作家になっていく過程に自分を重ねて読んだ。いい対談。それにしてもこの半年の間に実に多くの、また多様な内野写真と作家内野についての言説が生まれた。率直にとてもいいことだと思うし、そのほとんどが、書いた人の実人生というか実経験から生まれた内発的な言葉であったことは、私信や追悼であったとしても奇跡的な出来事だと思う。(写真について自分だけはリスクを負わない安全地帯からものを言う人もいますから。そんなの批評じゃないけど。)

僕は写真界のようなものと無縁でひきこもって自分だけの写真をやってきた。
どうゆうわけかここ数年写真関係の付き合いや知人が増えました。貴重な嬉しい出会いもあったが、そうでないこともあった。そんな風に構えていたらいけないのだろうか。写真にたいして志の低いひと、写真に敬意を持てない人、写真の可能性を信じられない人、写真で深く(自分が変わってしまうような)感動をしたことがない人と写真の話をするのは難しいと感じる時がある。これはレベルの問題じゃない。今回内野君のことでご一緒した皆さんは写真に対して疑いのない敬意がある方々ばかりだった。それがなんだか嬉しかったし、励まされた。思えば内野君がまさにそうだった。

昨日は写真協会の表彰式とレセプションだった。今年は深川さんと屋代君が受賞された。お目にかかってお祝いを申し上げたかったが、夕方まで暗室作業のキリがつかず断念した。

何はともあれ、写真を撮ろう。

投稿者 Ken Kitano : 10:03

6月1日  森岡書店

通販でブラジルのハンモックを購入。自宅裏に吊ってみたら、これがとってもいい。娘と娘の友達連中が来てかわりばんこにぶら〜ん、ぶら〜ん。普段わりと無愛想なY君が「僕こうゆうの夢だったんだ」と笑顔。してやったり。

午前中暗室の後、午後は茅場町の森岡書店へ。細江英公先生の写真展「ミスペテン」の内覧会に行く。下着デザイナー、人形作家、絵本作家等々、多才な作家鴨居洋子の人形を細江先生が30代前半で撮影した写真と本の展覧会。
http://www.moriokashoten.com/
恥ずかしながら鴨居洋子という人を初めて知った。大正14年生まれというのが信じられない。ハイカラな色使いは堀内誠一を、またずいぶん違うが、かわいらしく、少し儚い感じもして、同じ年生れの武田百合子もちらりと連想した。
展覧会のディレクター石井仁志さん、中藤毅彦などもいて楽しい雰囲気。細江先生のお話もおききできてよかった。なんとなく気持ちが晴れ晴れした。作家は全責任を負って行動するから作品を世に問える。これは作家としてはあたりまえのことだけど、作家でないひとの中にはリスクを負わない発言を大きな声でするひとが結構いる。先週は写真関係の飲み会や集まりがいくつかあって(というか連日だった)、正直そうゆうことに少し疲れた(愚痴)。先生の写真論(とりわけ写真と時間に関わる話)をお聞きして、何だか勝手に励まされた気分。写真は連続する無限の時間に関わって行くという文脈で、(持論をテキストにして写真とともに世界の哲学者に問いなさい、どんどんやりなさい、といった)お言葉を僕は勝手に激励と受けとめて、よし、という気持ちになる。

投稿者 Ken Kitano : 09:26