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2014年06月25日

新作展「いま、ここ、彼方」 /MEM東京

会期:2014年7月5日(土) – 8月10日(日)Dates: July 5 – August 10, 2014
会場:MEM
150-0013 東京都渋谷区恵比寿1-18-4 NADiff A/P/A/R/T 2F
TEL. 03-6459-3205 FAX. 03-6425-9482 
http://mem-inc.jp/2014/06/18/140705_kitano_jp/
MEM展 北野謙新作展概要               2014.4北野謙
7月5日より東京MEMにてカリフォルニアで撮影した新作を発表します。私は2013年1月より文化庁新進芸術家在外研修ならびに日米友好基金(USFC)による日米芸術家交換計画としての日本側フェローとして1年間米国ロサンゼルスに滞在しました。今回の作品は滞在中に撮影したものです。
カリフォルニアでの新作プロジェクトはかねてから同地で風景写真制作を提案していたロサンゼルスのROSE galleryとの共同作業です。本展は今年開催予定のROSE gallery展にさきがけてMEMで展示するものです。

近年、東京で肖像シリーズ〈our face〉をご覧頂く機会は度々ありました。一方で風景写真もまた肖像写真と並んで私の仕事の両輪です。ランドスケープシリーズの発表は近年では2009年〈one day〉MEM(大阪)、2010年三影堂撮影芸術中心(北京)、2010年Ilan Engel Gallery(パリ)などがありますが、東京では久々の展覧会となります。

個展〈いま、ここ、彼方〉
本展は太陽を撮影したシリーズ〈day light〉と月を撮影したシリーズ〈watching the moon〉の2つのシリーズによるコンビネーションで構成します。

太陽のシリーズ〈day light〉:
地上にカメラを固定して長時間露光による太陽の軌跡と前景に地上の風景や人工物たちからなる。多くは日の出から日没までのおよそ〈一日〉を露光している。(1点国旗を撮ったものだけ6分間の短い露光時間。)撮影場所は、都市、看板、ビーチ、原子力発電所、戦争墓標のモニュメント、映画館、砂漠、ハイウェイなど、ごくありふれたカリフォルニアの風景であり、20世紀的人工物あるいは資本主義の記号たちである。
4×5カラーネガフィルムで撮影、Cプリント
作品点数18点、東京展ではそのうち10点 (40×48cnch1点、20×24inch9点) 程度展示予定

月のシリーズ〈watching the moon〉:
太陽のシリーズとは対照的に天体の動き(地球の自転)にあわせて赤道機で月を追尾してスローシャッターで撮影している。満月か満月に近い月齢の時期に地上の地平線付近と月の両方が見える日時、月齢、気象条件で撮影している。月が印画の上にくっきりと姿をとどめる月に対して、地上の人工物や風景は溶けだすようにブレて流れる。宇宙の動き〈時間〉にあわせて世界を見ることで、地上(今、ここ)と宇宙(彼方)の往還を、太陽シリーズとは対照的なベクトルによって試みた。またいくつかの風景は〈day light〉と同じか関わりがある場所で、それらは互いに相対する。
デジタルカメラで撮影、ライトジェットCプリント
作品点数10点、東京展ではそのうち3点(40×48cnch1点、20×24inch2点)程度展示予定

※前作〈one day〉(2009年大阪MEM個展など)との関連について:
前作〈one day〉も〈day light〉と同じく日の出から日没までの長時間露光(数時間から10数時間、一部の作品は24時間露光)で〈ひとつの場所〉の〈一日〉を撮影している。〈one day〉の重要な要素としてまず場所性があった。当初は都市の交差点や高等学校の教室など、営みの場。やがて爆心地やハンセン病療養所の島、沖縄の激戦地など、かつて人がいた場所、存在が失われた場所、死、とりわけ大量死の場に重心が移って行った。新作〈day light〉は長時間露光ということでは同じだが、太陽の軌跡、太陽そのもの、天体の動きと我々地上の営み(宇宙の時間と地上の時間)の反復を試みた。

 * *

僕と連続する世界と彼方−−カリフォルニアの風景を撮る――
カリフォルニアを撮ることになった。惑星の孤独――は使い古された言葉だが、カリフォルニアを旅していると、地球が単体の惑星であることを強く意識させられる。真空を切り裂くような強烈な太陽のもと、僕は車を走らせた。カリフォルニアの景観は、点在する人工物のひとつひとつが20世紀と資本主義のモニュメントだ。直線的なハイウェイ、グローバル企業の看板、戦争のモニュメント、軍の施設、油田や発電所、ビルと住宅とスラム、それに廃墟。それらは21世紀に生きる僕たちの道標のようであり、資本主義世界の典型ともいえる風景があった。

カメラ(私)と前景(地上、人間)と背景(天体、宇宙)の3つのレイヤーがある。
〈day light〉における太陽の光跡と〈watching the moon〉のブレの中に消えようとする地上の風景は、〈地上の時間〉と〈宇宙の時間〉の〈ズレ〉である。そのズレのなかに確かに僕たちは存在する。例えば1000年後に人間が地上にいるかどうか分からない。しかし太陽も月も銀河系も、1万年後もさして変わらずにあり続けるにちがいない。私たちが〈いま、ここ〉に存在する奇蹟。印画に現れたふたつの世界の〈ズレ〉は、ふたつの世界の接点と乖離を見るようだ。

投稿者 Ken Kitano : 17:18